コミュニケーションの「話す/聞く/伝える/理解する」4つのスキルを伸ばすためのオンラインのコミュニティでみんなでワイワイ楽しくやってます。
動画でも同じテーマで喋りました。
この動画の中では、「嫌いな人が味方になる方法」をお伝えいたします。
皆さんの周りで、なぜか皆さんのことを嫌っている人っていませんか?
実は、皆さんを嫌っている人にも二通りあります。
1つ目は、自分が嫌だと思う人、つまり、嫌いな人から嫌われいている、お互いに嫌い合っているパターンです。
2つ目は、相手の方を嫌いは嫌いなんだけも、実はそれほど嫌いじゃない。
むしろ本当は好かれたいけど、仲良くなりたいけど、相手から嫌われいている(少なくともそう思える)パターンです。
まず、1つ目のお互いに嫌い合っている人には、基本的に近づかないほうが無難です。
「合わない人には、会わないこと。」
斎藤一人さんの仰るとおり、これが鉄則です。
このパターンの話は、過去の動画で何度か話していますので、そちらを参考にされてください。
今回の動画は、後者、2つ目のパターンを中心にお話いたします。
「嫌われているかもしれないけど、できればあの人と仲良くなりたいな。」
「今は敵対しているけど、できればあの人に心強い味方になって欲しいな。」
そのような方がおられたら、きっと参考になると思います。
嫌いな人、いわゆる敵が味方になることって、本当にあるんです。
今回の話をお聞きいただけましたら、嫌な人・苦手な人などの敵が、皆さんの味方になって、皆さんを今後ずっと助けてくれるようになります。
そうなると、皆さんは、幸せな快適な人生が送れるようになりますので、ぜひ最後までご覧ください。
さて、前回の動画「嫌いな人と仲良くなる方法」では、嫌いな人が向こうからやってきたパターンのお話をいたしました。
今回の「嫌いな人が味方になる方法」は、こちらから動く方法になります。
以下の2つの方法を、僕の実体験を交えてお話いたします。
1.共通の目的を持つこと。共通の敵を作ること。
2.相手と「腹を割って」本音で話すこと。
視聴者の方へ
僕の動画は、他の方の動画となるべく差別化して、違うものにしたいとの想いから、なるべく実体験に基づいて話しています。
知識だけを話すのは、好きじゃないのです。
なので、僕自身の失敗談、成功談を含めて、自分の体験談を意図的になるべく多く入れています。
コメントのほうで、「ご自分の話でしたね」などのご意見をいただく時がございますが、それを意図的に狙って、僕は動画を作成しておりますので、どうぞあらかじめご理解をお願いいたします。
もし、動画の内容が、自慢話とか愚痴などに聞こえましたら、申し訳ございません。
不快だと思われたら、どうぞ動画を速やかにお止めいただきますようにお願いいたします。
さて、相手と「腹を割って」話すという方法をどのように使ったのか、どのようにうまくいったのか、その体験をお伝えします。
それは、はじめ嫌い合っていた、卓球部の顧問の先生とのストーリーです。
僕は以前、卓球だけが生き甲斐で、全国大会まで行きました。
その話を高校の同窓会で自慢気に話したら、高校の時の卓球部顧問&3年生の時の担任の先生(S先生)から、卓球部のコーチを頼まれたんです。
ちなみに、高校は進学校でしたが、僕は中学とは真反対になって、全然勉強しなくなって、特に3年生の時は最悪の成績でした。
行く大学はなくて、さらに、ゲームセンターで進路指導の先生に見つかって、1週間の停学もくらうなど、当時は学年1とも言える問題児でした。
また、高校の大掃除時に僕が部室でサボっていたのをS先生は見つけて、教室で他の生徒の前で、僕を叱りつけましたこともありました。
実は、この大掃除以外の日は、僕ともう一人の女の子だけが、真面目に毎日掃除していました。
そんな事情を知らないくせに、S先生の言葉にはかなり腹が立ったのを憶えています。
こんな関係でしたから、高校生の当時、S先生は、僕のことをかなり嫌っていて、僕は、すごく苦手でS先生を大嫌いでした。
3者面談では、僕のことをすごく罵倒したので、僕の母は、「S先生だけは大嫌い!」と言っていました。
そんなS先生からのご依頼だったので、本当にビックリでした。
よほど、卓球部の生徒を大事に思っておられたんだと思います。
S先生は、僕の母校とは違う高校に転勤されてたので、ご依頼は母校ではなく、しかも、女の子でした。
「彼女らを中国大会に連れていきたいから、半年だけでいいから教えてくれ。」とのご依頼でした。
僕はそれまで、人に卓球を教えたことなんてあまり無いし、卓球を習ったことも無いし、すべて我流でプレーしてきた僕にとっては、完全に未知の世界で、まったく自信がありませんでした。
当時僕は銀行員で、県職員の給料振込運動というのがあって、それを契約いただく条件で、半年間の約束で、コーチを引き受けました。
でも、やってみて、自分でも本当にビックリしたんですが、生徒たちが見違えるように強くなって、県大会を突破して、目標の中国大会に出場できました。
ご依頼は達成できたので、ホッとして、これでのんびりできるなと思っていたら、S先生が「頼むから、引き続き後輩も教えて欲しい」と言われて、引き続きコーチを引き受けました。
予想外に生徒が強くなって、中国大会にも行けたことで、S先生は、僕のことべた褒めされていました。
昔は「山根!」ときつく呼ばれていたのに、「山根さん」と呼び方が変わりました。
めちゃくちゃ気分が良かったです。
また、S先生のご自宅にも何度も伺って打ち合わせをしたり、奥様にも良くしていただきました。
S先生とは昔敵対していた仲でしたが、同じ目標を持って、同じ方向を向いて、成果も出したという結果が、人間関係をガラリと180度変えてしまいました。
S先生は、職員会議の席で、卓球部の快挙を自分の手柄にしないで、わざわざ僕の名前を出して、「うちのコーチが素晴らしい」と披露したそうです。
そんな仲になりましたので、昔の大掃除の日のことや日頃の掃除の件を話して、笑い合いました。
また、その高校内に合宿所があるのですが、春休みの卓球部の合宿にも、銀行の勤務のあとに参加させてもらいました。
銀行員最後の日は、合宿所から生徒たちに「いってらっしゃーい」と見送ってもらえたのが、今では、最高の嬉しかった思い出です。
でも、実は、そこからが、僕の凄まじい苦労の始まりでした。
あと少し余談になるんですけども、こういう話をしましたら、特に男性の方から、「そりゃ、あんた、いい思いしただろう。」みたいなことをたまに言われるんです。
でも、全くそういうドラマみたいなことはないんですよ。
僕は、卓球を教えた男の子とか卓球部の後輩の男の子には結構好かれたんですよ。
何でかっていうと男は倒せばいいんですよ。
勝てばいいんです。
そうすると、「山根さん、参ったわ」ってことになって、「こうやればよかったよな」って言ったら、それですごく好かれるんですよ。
仲良くなる方法として、一つはスポーツだったら、そういうメリットがあるんですね。
ところがですね、女の子は、そうはいかないんすよ。
倒しても、勝っても、全然尊敬されるということもないし、「なんで、私達相手にムキになってんの?」みたいな見方をされるときもあるんです。
では、手加減したらどうなるかっていうと、「なんで、手加減してんの?」っていう子もいるんですよ。
非常に難しくて、教え方も実はすごく僕なりに個人個人の実力と気質を考えてやらなくちゃいけなくて、すごく苦労はしたんです。
今ちょっと成果がトントントンってうまくいったみたいなこと言いましたけど、結構苦労はしてるんですよ。
当時女の子にはあの男として見られないですね。
その当時はそんなことはわかってないんですけども、あとで知りました。
実は僕、結局この高校8年教えて代々のキャプテンがいるんです。
10年前ぐらいだったと思いますけど、うちの子供を連れて公園に行ったら、8代目のキャプテンと、ばったり出会ったんです。
向こうも子供連れでその公園に来ていて、「コーチ!」みたいなことになったんですね。
「これ、うちの子。」とか言ったら、彼女はむちゃくちゃ驚いて、「ええーーー!コーチ結婚できたんですか!」と言ったんです。
「え?どういうこと?結婚できたよ無事にね」って言ったら、こう答えたんです。
「実は、私達の中では、コーチは絶対結婚できないって噂になってたんですよ。確かに卓球を教えるのは優秀なコーチでした。でもね、男性としてはあれは駄目だって言ってました。すいません。」
みたいなこと言われちゃって(笑)
要はやっぱり僕は、コミュ障だったということですよね。
信頼関係をやっと築いたS先生が、しばらくして顧問を辞められたんです。
その後任に、2代目の顧問の先生(M先生)が来られたんです。
実は、後任のM先生との話がメインです。
M先生は、僕の8つくらい年上ですが、S先生と比べると、かなり若い先生で、部活動にはすごく熱心な先生でした。
以前おられた高校では、男子卓球部の顧問でしたが、たしか、県で2位のかなり強いチームでした。
なので、M先生は卓球経験者ではありませんでしたが、おそらく、ご自分の指導方針に自信があったのだと思います。
S先生は、練習内容などを僕に任せていましたが、M先生は違いました。
それはそれで構わなかったのですが、僕にはすごく困ったこと、腹のたつことがありました。
それは、M先生から僕に連絡が全くないことです。
例えば、僕が高校に教えに行ったら、部活をやってないということがたくさんありました。
部活が休みの日なら、あらかじめ連絡をいただきたいんですよね。
僕も時間を取って、計画を立てて、わざわざ行くわけですよ。
「なんでやねん?M先生は!」っていう感じになっていました。
今考えると、M先生は最初は明らかに、僕のことをあまり良くは思ってなかったみたいです。
というか、かなり嫌っていたと思います。
なぜなら、M先生目線で考えると、そもそも、自分が山根にコーチに来てくれと頼んだわけではありません。
自分はS先生と違って毎日部活に来て、熱心教えている。
なのに、あいつは、時々気の向いた時にやってきて、偉そうに生徒を教えている。
なんなんだ、あいつは!
卓球だけはたしかに強いみたいだけど、生意気なやつだな!
と、思われていても不思議じゃないと、今なら思います。
そんな僕らでしたが、二人で生徒を教えていると、生徒はどんどん強くなっていきました。
県大会を突破して、中国大会に出場するのです。
M先生とは、仲は良くないながらも、成果は上がるという期間が、4年くらい続いたと思います。
その間、バカバカしくて、辛くて、コーチを辞めたいと思ったことは一度や二度ではありません。
でも、S先生との約束もありましたし、引退する代々のキャプテンが、なぜか最後の大会の時にだけ、帰りの列車の中で僕のところにやってきていうのです。
「自分たちはコーチを困らせた問題児でしたが、後輩たちは本当に可愛い良い子たちです。どうか、後輩をよろしくお願いします!コーチはやめないでください。」
まるで、先輩から引き継がれたマニュアルでもあるかのように、最後だけ、代々のキャプテンが僕に頭を下げました。
その代々のキャプテンとの約束もあったので、コーチを辞めきれずにいたのです。
その一方で、銀行員をやめたあとの訪問販売の仕事では、トップセールスマンとして、どんどん出世していきました。
僕は、生徒の試合を見に行くために、その支社長と、入社した時に、約束をしていました。
「一定の営業成績をクリアすれば、生徒の試合に行っていい。」という約束です。
生徒の大会には、営業の合間とか、わざわざ休みを取って行くしかありません。
特に、他県に遠征する中国大会になると、2日以上の連休を取らなければ行くことができません。
なので、僕は一生懸命一定の営業成績を残して、休みの日を作って、生徒の試合に当てていました。
ところが、その支社長との約束が守られない状況になってしまったのです。
それは、僕が支社NO.2まで出世した時のことでした。
「生徒が広島で中国大会に出場するので、休みを取らせて欲しい。」と言ったところ、上司から言われました。
「山根、もう山根は、支社でNO.2だ。何かあった時は、俺の代わりは山根になる。さすがにもう、私事で休ませるわけにはいかない。また、山根が成績を上げても、山根だけ休みを取らせるということは、社員に示しがつかない。休みを取るというのなら、これを最後にしてくれ。」
「え?約束が違うじゃん!」と反論したくなりましたが、この言葉で僕は仕方ないと引き下がりました。
なので、僕が見てやれる中国大会は、その大会が最後になりました。
もう生徒に着いていくことはできません。
そして、その広島の大会の試合が終わった後に、M先生と初めて一緒に酒飲んで話しました。
着いて行けれる最後の中国大会だと思っていた僕は、その時日頃の不満も含めて、M先生に対して思っていることを、酔に任せて全部言いました。
「先生からは連絡が全然ないです。学校に行ったら、部活をやってなかったことがたくさんあったんですよ。僕はね、M先生、これでも生徒を一生懸命教えてるんですよ。でも、連絡がないのは、本当に困ります。」
「でもね、今日言たいのはそれじゃないんです。」
僕らが教えていたのは高校生の女の子だったんですけど、これまた、このM先生が生徒にめっちゃモテるんですよ。
確かに顔もいいし、熱心に部活に行ってるし、前の顧問のS先生よりすごく熱心なんですよ。
モテるのも分かります。
でも、僕も自分なりに一生懸命教えてたんです。
当時ポケベルっていうのがあって、ポケベルを先生も僕も持ってたんです。
その大会の日、生徒達に、そのM先生のポケベルの番号か何かを聞かれたんです。
とにかくそのM先生がモテすぎたので、要は僕が嫉妬したんですよね(笑)
それを正直に話したんですよ。
もう酔いまくってて。
言えることを全部言おうと。
最後の大会だからっていうのもあって、全部の本音をぶつけようと思ったんですね。
「腹を割って話した」わけです。
という話をしたら、M先生はこう言いました。
「山根君、あんたの言たいことはよく分かった。」と。
「でもな、ワシにも言わしてくれ。」と。
「なんですか?」と言ったら、
「ワシこそ、あんたに嫉妬しとるわ!」って。
「えーー?」と思いましたね。
「あのな、わしはこれでも、前のS先生と違って、毎日部活に行っとる。」と。
「ずっと毎日、生徒を見て教えとる!」
「でも、あんたはなんだ!」と。
「1ヶ月に1回か2回そこらしかやって来ないくせに、やってきたら、生徒は目に見えてうまくなる。」
「この間の○○のバックハンドだってそうだ。」
「ワシが1ヶ月掛かっても出来ないことを、あんたはほんの数分ちょこちょこっと教えて、それで生徒は出来てしまう。」
「いつもあんただけが、おいしいところを持っていくんだ。」
「ワシこそ、あんたに嫉妬しとるわ!」
みたいに言われました。
言い方は多少怒った感じでしたけど、ちょっと嬉しいじゃないですか。
すかさず僕も言い返しました。
「いやいや、それは違いますよ、M先生。」
「M先生が日頃から基礎練習を生徒にきちんと徹底させてるから、それが出来るんです。」
「技術の土台がないと、いくら僕が教えても、生徒がいきなり出来るはずかないじゃないですか!」
「M先生のおかげで、生徒はうまくなったんです。」
「なに言ってるんですか!」
こんなふうに、お互い本音で言い合って、お互い嫉妬してたということが分かって、その夜はお互い酔いまくって、盛り上がって、その夜からM先生とめっちゃ仲良くなりました。
「じゃあ、ああしていこう、こうしていこう」みたいな発展的な話になって、それ以降、そのM先生からの連絡は、本当にこまめに来るようになりました。
結局、M先生からも卒業生からも依頼され続けて、その高校を8年間教えました。
M先生と組んだ顧問とコーチのタッグは、最高のタッグだったと思います。
M先生は英語の教師でしたが、イギリスに留学するなど、本人の望まないところで出世コースに乗ってしまって、顧問を引退されてから、僕もコーチを完全に辞めました。
卓球から離れて、仕事に専念していたんですけど、数年経ってから、M先生から連絡がありました。
M先生が転勤された高校で、また卓球部顧問になって、今度は男子を教えるようになったと。
「山根君来てくれんか?」って頼まれたので、その高校で男子を5年間教えましたね。
その時も最高に好待遇でした。
前の高校と全然違うんです。
その頃になると、外部のコーチが校舎内に入るってくるいうのは、けっこう難しい時代に入ってたんです。
でも、M先生は、僕のために、わざわざ首からかける、高校の関係者みたいな名札みたいなものを作って渡してくれました。
その名札のおかげで、高校にも入れるし、ベンチコーチまでつけれるようになったんです。
以前は、高校の関係者ではない、要は部外者扱いですので、ベンチコーチに入れなかったのです。
会場の上のほうから、大きな声でアドバイスするのが精一杯でした。
男子生徒を教えた時は、とにかくできる限りの好待遇を、M先生にはしていたきました。
それもこれも、広島の夜にお酒を飲みながら、お互い本音をぶつけあえたからなんです。
男子生徒を5年間教えた後は、そこからはお互い年に1回、年賀状で近況報告する程度だったんですけども、数年前に久々に連絡がありました。
「M先生は教頭になったと聞いたけど、また卓球部の顧問になったのかな?」
「まあ、ちょっとしたコーチぐらいだったらできるかな?」
と思ってたら、まったく違いました。
すでに校長先生になっておられたM先生は、僕にこう言いました。
「山根くん、H高校の法律の非常勤講師がどうしても足らんわ。」
みたいな話をされて、卓球の話ではなくて超ビックリです。
「あんた、銀行員やってただろう。法律に詳しいだろう。」って。
「いやいや、銀行員はやってましたけど、法律なんか全然知りませんよ。」
「今年は、地域の自治会長もやってて、僕、忙しいんです。」
と何度も断ったんですけど、M先生の頼みだから断りきれませんでした。
なぜなら、連絡があったのは、新学期が始める直前の3月30日だったんです。
お願いできるところには、全部お願いして、フッと浮かんだのが僕の顔だったそうです。
結局M先生の下で、法律を知らない僕が、高校で法律を教えたという、ある意味、良い人生経験をさせてもらいました。
ちなみに、電話の翌日にH高校に出向いたら、転勤する直前の教頭先生と出会いました。
ところが、この教頭先生も、かつてのライバル高校の卓球部顧問で、M先生と同じく何度もお酒を酌み交わして語り合った、大好きな方でした。
その教頭先生と相談して、山根を呼ぼうという話になったそうです。
ビックリでした!
M先生とは、お互い独身の時からのお付き合いで、奥さんができて結婚して、子供と一緒にお互い家族ぐるみで食事したとか、何十年も、本当にいいお付き合いをさせていただいております。
僕とM先生の間で、最初は嫉妬心から始まった関係も、互いの本音を話すことで
によって、お互いの理解が深まって、結果として非常に良好な関係に発展しました。
M先生とは、腹を割って本音でぶつかって話し、ライバル校の生徒たち(敵)を倒して、生徒を中国大会に連れていくという共通目的を持てたから、お互い嫌い合っていたところから最高のパートナーになれたのだと思います。
敵だったけど、同じ方向を向いたから、最大の味方になった。
ということだと思います。
まとめますと、嫌な人、嫌いでたまらない人とは、距離を置くのが無難です。
合わない人とは会わないことです。
でも、もしも、相手の方と協力して、何か成し遂げたいと思うことがあるなら、多少気が合わなくても、苦手だったとしても、同じ方向を向いてください。
同じ目的を持ってください。
共有できる目的を、提案してみてください。
できれば、腹を割って本音で話してみてください。
今まで苦手だった人、嫌いだった人が、最高のパートナーになる可能性があります。
敵が最大の味方になることもあります。
ただ、話し合いがちゃんとできるかどうかは、相手次第で、やってみないと分かりませんので、そこは自己責任でお願いいたします。
でも、お互いの気持ちが通じることさえできれば、M先生のようにとても心強い味方になってくれます。
そうなれば、幸せな快適な人生が送れるようになります。
動画でご覧になりたい方は、こちらです。
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