孤独力,孤独,友達

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孤独力~ぼっちが最高!~

読了までの目安時間:約 16分

 

動画でも同じテーマで喋りました。

 

今回は、「孤独力~ぼっちが最高!~」という話をお届けいたします。

 

こう思っている方は、いらっしゃいませんか?

 

一人ぼっちで寂しい。

一人でいるのが恥ずかしい。

楽しく話せる友達がたくさん欲しい。

人の輪って、どうやって入ればいいんだろう。

休憩時間の居場所がない。

 

これらはすべて、僕が中学生の時に、実際に思っていたことです。

 

でも、高校1年生の時に、あることを知ってから、このような僕の心は、すごく楽になりました。

 

友達がいなかった僕に、後で友達もできました。

 

今回の話をお聞きいただけましたら、一人ぼっちだったとしても、一人ぼっちを楽しみながら、心穏やかに生きることができるようになります。

 

そして、自分にあった友達ができるようになりますので、ぜひ最後までご覧ください。

 

かくいう現在の僕は、毎日一人ぼっちの時間が多いです。

 

一人で動画の原稿を作って、今も一人で動画収録しています。

 

収録した一人で編集、一人でYouTubeにアップロード、一人でコメントに返信、一人でコミュニティ管理します。

 

仕事は一人でしていますが、今は、楽しい仲間が数名いらっしゃいます。

 

友達と呼べる人もたくさんいますけど、今は、友達を増やす自体には、あまり興味がありません。

 

むしろ、僕とフィーリングの合う人、一緒にいて楽しい人としか、なるべく付き合わないようにしています。

 

あれだけ友達が欲しかった僕は、いったいどこにいったのかと思うくらいです。

 

他の動画で話しています通り、苦手な人は、僕はひたすら避けます。

 

今から、どういうふうにして、そうなったかという経緯と方法をお話いたします。

 

中学の3年間は壮絶なイジメによって、僕の人生の黒歴史なわけですが、当然その頃は仲の良い友達もいないし、孤独というよりも、完全に孤立していました。

 

その映像が最近僕の頭の中で再生されたのです。

 

それは、子どもの参観日に行ったときでした。

 

まさか、この僕が40年経ってから、父兄として母校に来るなんて、中学生当時は想像もできなかったことです。

 

参観日に中学校に行きますと、教室に入りますよね。

 

うちの中学校は、窓の外を見ると山が見えるんです。

 

ちなみに、反対側の廊下からは、海が見えます。

 

特に、3階からは山がよく見えるんですよ。

 

それを見たとき、思い出しました。

 

そうそう、俺は、中学の時、いつも一人だった。

 

休憩時間に何もやることがなかったので、窓の外のあの山を見ていたわ。

 

話し相手もいないし、あの山しか見る場所がなかったな。

 

自分の居場所が一つもなかったよな。

 

あの頃はすっげー寂しかったなあ。

 

人の輪にも全然入れねーし。

 

一生懸命、人の話に入ろうとしたっけな。

 

どうやって入の輪に入ったらったらいいのか、ほんと分からないし、入の輪に入ったと思っても、完全に浮いてるし。

 

そもそも、会話ができないし。

 

なんで、あんなに空気のように、みんな話せるんだ?

 

いつも、そう思っていたわ。

 

まじ黒歴史だわ。

 

そういや、銀行員のときもそうだったな。

 

などと、思いふけっていました。

 

さて、そんな僕でも、自分が変わるきっかけがあったわけです。

 

中学では、毎日強烈なイジメにあうので、イジメっ子のいない高校を目指して必死で勉強して、県下トップ校に受かりました。

 

でも、高校でもコミュ障だった僕は、休憩時間は、相変わらず、やっぱり外の景色を見ていました。

 

でも、ある時、高校の図書館に行ってみたら、ある1冊の本を見つけました。

 

「人と付き合う法」という本でしたが、ダメ元で読んでみたんです。

 

本といえば、それまでシャーロック・ホームズの冒険しか読んだことのない僕にとっては、正直、難しい本でした。

 

でも、その本の最後のほうに、僕の人生を変えるきっかけになった、言葉を見つけたんです。

 

正確には覚えていませんが、次のような感じです。

 

一本の立ち木でいることは寂しいには違いない。

しかし、そんな人にも、千里を遠せずして訪れる人が必ずいる。

 

そんなことが書いてありました。

 

そうか!一人でもいいんだ!

千里を遠せずして来る人がいるんだ!

 

と思って、その日から、僕は人の輪に入ろうとしなくなりました。

 

そこに意味を感じなくなったんです。

 

これまで一人はカッコ悪い、一人でいることは恥ずかしいことだと思っていましたが、「いや、そうじゃない!一人でいても全然問題ないんだ!」と思うようになりました。

 

むしろ一人でいることに誇りとまではいかないけど、自負できるようになりました。

 

「自分の状態は孤立ではなく、孤独という状態なんだ。自ら孤独を愛する人でいいじゃん!」と考えるようになって、心がすごく楽になったわけです。

 

ここで、ちょっと考えてみてください。

 

この時点で、一人でいるという、起きている現象は変わりません。

 

でも、周りで起きている現象は同じでも、自分から見える世界が変わりました。

 

「人は人、俺は俺。人生が、そもそも違うし。」

 

と考えて、孤独を楽しむようになりました。

 

で、ここからが面白いんです。

 

なぜか、友達ができ出したんです。

 

しかも、一緒にいて楽しい友達なんです。

 

なにが起きたのかでしょうか。

 

孤独を愛するようになると、一人でいることが苦痛じゃなくなって、普通になりました。

 

そうすると、おそらく以前のような、友達をめちゃめちゃ欲しがっている、余裕のない表情ではなくて、余裕のある楽しそうな表情に変化したのじゃないかと思います。

 

自分から発している波動が変わったのだと思います。

 

だって、休憩時間は、本とか読んで、孤独の時間を楽しんでますからね。

 

そしたら、僕の所まで千里を遠せずして、人が来るようになったわけですよ。

 

実は、世の中には、当時の僕と同じような、今でいう陰キャな人もいるわけですよ。

 

その陰キャな人が、自分と同じ匂いを嗅ぎ分けて、僕のところにやって来たということです。

 

陰キャが陽キャになろうとしても、うまくいかないんです。

 

それが楽しくできればいいですが、演じることになるから苦痛なんです。

 

その人から発する波動、オーラ、雰囲気は変わらないし、楽しそうにはとても見えないから、人はやって来ません。

 

だから、陰キャな人が、陽キャ組には簡単には入れないのです。

 

陰キャにとっては、陽キャ組の人達と波動、波長が違うので、すごく苦痛なんです。

 

ですが、陰キャでも、楽しそうに自分らしく生きていれば、必ず同じような人を引き寄せるのです。

 

そんな友達が一人ひとり一人増えていって、僕らは一緒にいることが多くなりました。

 

価値観があって、フィーリングが合うので、素の自分でいることができて、本当に楽で、楽しい時間が過ごせました。

 

また、彼らは彼らで、いわゆる陰キャ組を作っていました。

 

そのうち、僕は、彼らの溜まり場に連れて行かれました。

 

その溜まり場は、生徒会室と呼ばれる場所でした。

 

高校から勉強しなくなって、学年400人中最下位から2位という僕が、進学校の生徒会書記になりました。

 

群れなくてもいい

 

僕の考えなんですが、僕らは個性を潰されるように教育をされて来ていると思います。

 

「みんな同じでなくてはならない」という考え方です。

 

その中で、昔、たぶんコマーシャルだったと思いますが、「友達100人できるかな?」というのがあったんですよ。

 

僕はそのコマーシャルのような刷り込みによって、年賀状の来た数が、その年の自分の評価だと思っていました。

 

今の僕からすると、本当にばかげていると思いますが、当時は真剣にそう思っていました。

 

そんなことないでしょ。

 

友達は、100人もいらないですよ。

 

友達は、10人もいれば、十分すぎます。

 

親友と呼べる人が一人いたら、十分です。

 

薄っぺらい人間関係はいらないです。

 

もっとも、薄っぺらい人間関係も、人生の経験値にはなるので、もちろん無駄ではないですよ。

 

ただ、僕らは、「友達100人できるかな」に洗脳されたから、たくさんの友達を作らなくちゃいけないと思ったんです。

 

友達を欲しがって、友達を追いかければ、友達は逃げていきます。

 

だから、友達を作りたいなら、その逆をやればいいんです。

 

それが、孤独を愛することです。孤独を楽しむことです。

 

ちなみに、社交的な人で、知り合いを増やすのが得意な方は、自分から声をかけてどんどん友達を増やしてその中から親友ができるかもしれないので、そちらのほうが得意な方は、そうしてください。

 

社交的でない人は、無理に自分から人の輪に入る努力をする必要はないということです。

 

勇気を振り絞って、群れに入る必要はないのです。

 

群れる必要は全くありません。

 

ただ、人間同士で協力したり、一緒にいて楽しんだりすることは、すごくいいことなんです。

 

誤解がないように、最後に、孤独力の解説を交えて、快適に心穏やかに生きる方法をお話いたします。

 

孤独力

 

孤独力とは、社会のなかで人とかかわりあいながらも、いつも自分の意思を主軸に置いて、自己責任で生きるという姿勢のことをいいます。

 

孤独力を持った人は、どういう人かを端的に言いますね。

 

孤独力を持った人は、

自分を肯定しています。

自分を大切にしています。

自己肯定感も高く、自分に自信を持っています。

自立・自律しています。

自分の考えや行動をしっかりと持っています。

他人の言動に囚われずに、自由に生きています。

 

だから、他人に頼らずに孤独を楽しむことができます。

 

よって、ストレスや不安も非常に少ないです。

 

逆に、孤独力のない人は、他の人と群れたがるし、他人に依存しています。

 

依存心が強くで、心が弱い人になります。

 

思い通りにいかないことがあると、他人のせいにするので、そのストレスが自分に降りかかります。

 

だから、自分が幸せな人生を送るために、孤独力を持ちましょう。

 

孤独力を持って、受動的ではなく、能動的に人生を歩みませんか?

 

そうすると、人が寄ってくる。

 

もっというと、変わり者になる。突き抜ける。孤高の人になる。

 

人に寄っていく、人に近づくのではなく、人を引き寄せるのです。

 

すでに個性の時代に突入していますから、孤独力を持った人、孤高の人は、これからの時代にマッチしています。

 

群の考え方、価値観、他人の考え方、価値観に合わせようとするから、人生の選択が受動的になるのです。

 

少なくとも、僕は、群れるのが大嫌いですから、一匹狼な生活ですが、同じ趣味の人とは会って遊びますよ。

 

ただ、次に会う基準があって、会った人と楽しかったかどうかが基準です。

 

もちろん、僕がそれで快適に生きてるから、僕の真似をしなさいなどと言う気は、さらさらありません。

 

現在の皆さんの環境があります。

 

職場環境、家庭環境、仕事場、住んでいる地域の中で、人間関係は簡単にいくものではありません。

 

もちろん、自分にとって快適であれば、群れても良いとは思います。

 

ですが、人と群れたいなら、1本の立ち木でいても大丈夫という状態を確保した上で、孤独力をもった上で群れてください。

 

この考え方を持っていれば、今よりも快適に生きることができます。

 

ぶっちゃけ、僕がどうして、YouTubeなどで配信者になっているのかといいますと、理由は簡単です。

 

自分から、人に近づかない仕事を選んでいるからです。

 

このような動画を配信しておけば、基本的に動画を気に入ってくださった方、つまり、僕を気に入ってくださった方が、チャンネル登録をしてくださいます。

 

「僕を好きな人だけ来てください」という想いを込めて動画をお届けしながら、ビジネス的にいうと、「いい人来てください」って網を張ってるわけです。

 

自分から行くときは滅多にありません。

 

でも、ぜひ会いたいと思う方には、だいたい会いに行ってます。

 

このように生きていると、すごく楽です。

 

ぜひ、孤独力を身につけて、他人と関わってみてください。

 

依存ではなく、自立した上に、人と仲良くなってください。

 

素の自分をさらけ出すことができる人と付き合ってください。

 

自分と価値観が合う人、波長の合う人と付き合ってください。

 

そうしましたら、心穏やかに、快適な楽しい人生を歩むことができます。

 

動画でご覧になりたい方は、こちらです。

 

 

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